大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成8年(ネ)3625号 判決 1997年10月30日

控訴人

加藤修

右訴訟代理人弁護士

中村和雄

被控訴人

株式会社大興設備開発

右代表者代表取締役

森本哲郎

右訴訟代理人弁護士

杉本孝子

主文

一  当審において追加された請求拡張部分を含めて原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、五四万七九九二円及びこれに対する平成七年一〇月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項中金員支払部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し、一〇四万六三六二円及びこれに対する平成七年四月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(遅延損害金請求は当審において追加された。)

2  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

3  第1項中金員支払部分について、仮執行の宣言

二  被控訴人

1  本件控訴及び当審において追加された遅延損害金請求をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  事案の要旨

控訴人は、被控訴人の従業員として雇用され、昭和五八年九月一〇日から平成七年三月一〇日まで継続して勤務したと主張し、被控訴人に対し、就業規則に基づき、右期間の退職金として一〇四万六三六二円及びこれに対する平成七年四月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

これに対し、被控訴人は、控訴人が採用時六〇歳を超える高齢者であり、就業規則による退職金の支給を受ける対象者ではない、又、控訴人が昭和五八年九月一〇日から昭和六三年二月一日までは請負人であって従業員ではないから退職金支給の対象とならないと主張して、控訴人の請求を争っている。

二  前提となる事実(争いがない。)

1  控訴人は、被控訴人の従業員として雇用され、平成七年九月一〇日に退職した。

2  控訴人は、大正一二年二月一日生まれであり、被控訴人の従業員として雇用された当時、六〇歳を超えていた。

3  被控訴人が平成六年一二月一五日付で制定し労働基準監督署に届け出た就業規則(以下「本件就業規則」という。)には、会社は、従業員が退職したときは退職金を支給する、但し勤続三年未満の者については退職金を支給しない、退職金の計算は基本給×勤続年数÷二とする、退職金は退職手続完了後一か月以内に支給する旨の定めがある(第四四条ないし四六条)。

4  控訴人は、平成七年三月一一日、退職金が支給されない旨の記載された雇用契約書(<証拠略>)に署名押印して、被控訴人に提出した。

5  控訴人の賃金は、右雇用契約書を提出した前日の同年三月一〇日及び退職した同年九月一〇日当時、いずれも日給八六〇〇円であった。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

Ⅰ  本件就業規則のうち退職金に関する定めは控訴人に適用されるかどうか。(争点1)

(控訴人)

次のとおり付加するほか、原判決二頁一〇行目(本誌本号<以下同じ>67頁3段31行目)から同三頁一〇行目(67頁4段14行目)までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(一) 原判決三頁一行目(67頁4段2行目)の「被告の都合により」の次に「一旦」を付加する。

(二) 同三頁八行目(67頁4段11行目)の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「控訴人は、昭和五八年九月一〇日に被控訴人に入社し、平成七年九月一〇日に最終的に退職したものであるが、在職当時従業員の中で高齢者という区分は存在せず、就業規則の適用の上で高齢者として別扱いされることはなかった。

本件就業規則には高齢者の中途採用に関する条項が存在し(第六条五項)、本件就業規則は高齢者にも適用されるものである。

控訴人は、担当職務内容の関係から勤務時間等において必ずしも本件就業規則一一条三項所定のとおりとなっていなかったが、これについては同条五項に勤務時間の繰り上げ、繰り下げが定められており、本件就業規則の適用を受けていたのである。控訴人は、勤務時間以外でも本件就業規則の定めと異なる取扱を受けていた部分があるが、合理的理由が存在するのであり、これをもって、控訴人に対し本件就業規則の退職金の定めの部分が適用されないということはできない。

控訴人は、高齢者として退職金の支給を受けられないことを承知しながら勤務していたのではない。控訴人は、平成七年三月に被控訴人から退職金を支給しないという内容の雇用契約書に署名捺印して提出するように求められたため、同月一一日に提出したが(<証拠略>)、これは同日以降の労働条件について定めたものであって、それまでの労働条件を確認したものではない。控訴人は、同月一〇日に一旦退職し、翌一一日から右雇用契約書の約定による新たな雇用契約関係が生じたと考えているのであって、昭和五八年九月一〇日から平成七年三月一〇日までの勤続については本件就業規則の退職金の定めに従い退職金の支給を受けることができるというべきである。

被控訴人が六〇歳以上で採用した従業員については本件就業規則の退職金の定めを適用しないものとして本件就業規則を制定したとしても、その旨の定めがない以上、控訴人に対し、本件就業規則の退職金の定めの適用があるというべきである。

同じ仕事をして、採用時の年齢が六〇歳以上であることによって退職金の受給が否定されるというのは差別的取扱であって、合理性がない。」

(被控訴人)

次のとおり付加するほか、原判決五頁八行目(68頁1段12行目)から同七頁九行目(68頁2段13行目)までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(一) 原判決五頁八行目(68頁1段12行目)の冒頭に「(一)」を付加する。

(二) 同七頁六行目(68頁2段9行目)の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「(二) 被控訴人は、本件就業規則を高齢者やパートタイムの従業員を除く正社員に適用することを念頭に置いていたので、制定に当たり、正社員には説明会を開き、代表者の意見を聞き、できあがった規則を正社員に見せたが高齢者には示していない。被控訴人は、平成七年一月に労働基準監督署から本件就業規則では高齢者やパートタイムの従業員の労働条件が不明確であるから、高齢者については個別の労働契約書を作成するようにと指導されたため、高齢者には本件就業規則が適用されないことを前提にして、同年三月に高齢者に対し説明会をもった。

被控訴人は、正社員の定年を六〇歳としているが、六〇歳を過ぎても従業員として月間一八日勤務すれば社会保険の適用を受けることが可能であるので、一八日出勤制で給与を年金受給の障害とならないように一日一万円を超えない範囲とし、昇給や退職金がないという前提で、六〇歳以上の者を高齢者という名称で正社員とは異なる労働条件のもとに雇用してきた。一般に、定年等で退職し、六〇歳を超えて健康でまだ稼働することができる人が年金の支給を受けるために正社員よりも低い賃金で無理にならない程度に働きたい場合に、これを正社員とは労働条件を別扱いで雇用することは、使用者、右のような高齢者の双方にとって利害、目的が一致し、許されている。右のような高齢者を雇用し、賞与、退職金を支給しないほか、正社員とは基本給、皆勤手当、家族手当、通勤手当などで取扱を相違させる例は社会に多くあり、不合理な差別的取扱ではない。

控訴人は、高齢者には退職金が支給されないことを知っていたから、退職金が支給されないことを明記した雇用契約書を作成して被控訴人に提出した(<証拠略>)。

被控訴人は、これまでに高齢者に退職金を支給した例がない。」

Ⅱ  本件就業規則のうち退職金に関する定めが控訴人に適用される場合、退職金の額はいくらか。(争点2)

(控訴人)

(一) 退職金を計算する上で、控訴人の勤務期間の始期を昭和五八年九月一〇日とすべきである。控訴人は、公害防止管理者免許を有する者として同年九月職業安定所を通じて被控訴人の求人に応募し、履歴書を提出し、被控訴人社長及び人事部長の面接を受けて採用され、同年九月一〇日から被控訴人の従業員として公害防止管理者免許を有する者の勤務を条件とする京都大学工学部等に勤務し、毎月の給与の支給を受けるについて、年金受給に障害を生じないように下請の広瀬信也名義の領収証を発行してきたが、昭和六三年二月から下請ではなく従業員の扱いとなった。しかし、控訴人の担当した職務内容、部署(京都大学工学部等)は、被控訴人から控訴人に対し下請に出すことができるようなものではなく、請負人から従業員に形式が変更された昭和六三年二月の前後を通じて労働条件を含めて変化がない。社会保険の加入手続がなされなかったことは従業員の地位を否定する根拠にはならない。したがって、控訴人は昭和五八年九月一〇日に被控訴人の従業員として採用されたと解すべきである。

退職金を計算する上で、控訴人の勤務期間の終期を平成七年三月一〇日とすべきである。控訴人は、平成七年三月一一日、退職金を支給されない旨の記載のある雇用契約書に署名押印して被控訴人に提出した。

したがって、控訴人は、昭和五八年九月一〇日から平成七年三月一〇日まで被控訴人に継続して勤務してきたので、控訴人の退職金は昭和五八年九月一〇日から平成七年三月一〇日までの一一年六か月間について計算すべきことになる。

(二) 控訴人は、他の社員と同様の労働条件で毎週月曜日から土曜日まで勤務していたのであり、高齢者として月間一八日だけ勤務していたのではない。

(三) 退職金支給規定には、退職金は基本給(日給に一年間に勤務すべき二五四日を乗じた額を月数一二で除したもの)に勤続年数を乗じた額を二で除して計算すると規定されている。

そこで、控訴人の年間標準勤務日数を二五四日、日給を八六〇〇円、勤続年数を一一・五年として本件就業規則に基づいて退職金を計算すると、一〇四万六六九一円となる(8,600円×254日÷12月×11.5年÷2=1,046,691円)。

控訴人は、被控訴人に対し、このうち一〇四万六三六二円及びこれに対する平成七年三月一一日より一か月経過した同年四月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有するものである。

(被控訴人)

控訴人は、被控訴人と請負契約を締結して昭和五八年九月一〇日から昭和六三年二月一日まで請負人として働き、請負代金の支払を受け、広瀬信也名義で領収証を発行していたのであるから(<証拠略>)、この間は労働者ではなく、就業規則の適用を受けない。控訴人が被控訴人の従業員となったのは昭和六三年二月二日である。したがって、控訴人の被控訴人における従業員としての勤務は昭和六三年二月二日から平成七年九月一〇日までである。

控訴人の標準勤務日数は月間一八日である。正社員については月間二二日以上出勤しないと皆勤とはならないが、控訴人は高齢者であるため月間一八日出勤すれば足りたのである。

第三争点に対する判断

一  証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

1  被控訴人は、電気、冷暖房、給排水、消防防災設備の管理及び法定検査、並びに運転業務、その他の業務を目的とする会社であるが、通常勤務の従業員(正社員)の他に、年齢が六〇歳を超え、年金を受給しながら働き、日給が正社員よりも低い高齢の従業員(高齢者)、勤務時間その他勤務条件が正社員のように恒常的な定時労働ではないパートタイムの従業員を雇用しており、いずれも給与を日給として毎月二八日に一か月分まとめて支給することにしている。

被控訴人は、高齢者の年金受給の障害とならないように、賃金を抑制し、勤務日数を高齢者については月間一八日とし(一八日間勤務制)、これを満たせば皆勤手当を支給していたが、正社員については勤務日数を月間二一日ないし二二日(概ね年間二五四日)としていた。

2  被控訴人が平成六年一二月一五日付で制定し労働基準監督署に届け出た本件就業規則は、規定の上で、適用対象を正社員に限定しておらず、高齢者を適用対象とする就業規則が別に制定されていたものではなく、又、被控訴人がそれ以前に制定し労働基準監督署に届け出ないまま事実上使用していた旧就業規則(<証拠略>)でも、規定の上で、適用対象を正社員に限定せず、高齢者を適用対象とする就業規則が別に制定されていたものでもなかった。

本件就業規則は、第一章総則、第二章採用及び異動、第三章服務規律、第四章労働時間、休憩及び休日、第五章休暇等、賃金、第六章諸手当、第七章定年、退職及び解雇、第八章退職金、第九章安全衛生及び災害補償、第一〇章福利厚生、第一一章表彰及び制裁、並びに付属の諸規定をもって構成されており、規定の内容も正社員に限定せず従業員全般に及ぶものとなっている。

本件就業規則第六条五項は「高齢者中途採用は、別途定めるものとする。」と規定し、第二〇条一項には「短時間労働者の年次有給休暇については別に定める。」との規定がある。

なお、被控訴人は、控訴人から本件訴訟が提起された後である平成八年一月に就業規則を正社員を適用対象とするものと、高齢者及びパートタイムの従業員を適用対象とするものと二つ制定した。

3  本件就業規則には、会社は、従業員が退職したときは退職金を支給する、但し勤続三年未満の者については退職金を支給しない、退職金の計算は基本給×勤続年数÷二とする、退職金は退職手続完了後一か月以内に支給する旨の定めがあるが(第四四条ないし四六条)、被控訴人がそれ以前に制定し労働基準監督署に届け出ないまま事実上使用していた旧就業規則(<証拠略>)には、従業員の退職金は別に定める退職金規定により支給すると定められていたものの(第三二条)、退職金規定の定めがなかった。なお、平成八年一月に制定された高齢者及びパートタイムの従業員を適用対象とする就業規則(<証拠略>)には、退職金を支給しない旨の定めがある(第六条五項)。

被控訴人は、旧就業規則で勤務時間を午前八時三〇分から午後五時三〇分まで、休日を日曜日と定め、本件就業規則で勤務時間を午前八時一五分から午後五時一五分まで、休日を週二日(無給)と定めた。

4  控訴人は、昭和五八年一月に他の会社を退職し、年金を受給できるようになったが、公害防止管理者資格(水質、大気)を有していたところから、同年九月に職業安定所を通じて同資格を有する者を募集していた被控訴人に応募して採用され、同年九月一〇日から控訴人が六五歳に達した昭和六三年二月一日までは請負契約に基づく請負人として、翌昭和六三年二月二日から平成七年九月一〇日までは従業員(高齢者)として、右資格に基づき、いずれも主として被控訴人が受注した京都大学工学部実験排水系施設の保守管理業務を行うため同学部で勤務し、部分的には同大学薬学部、京都工芸繊維大学等でも勤務し、職制上は主任という扱いであった。控訴人が被控訴人に請負制で採用されたのは、年金受給に障害を生じないようにするためであり、控訴人は昭和六三年二月まで毎月広瀬信也名義で被控訴人宛に領収証を発行していた。

被控訴人は、昭和六三年二月に控訴人の身分を従業員に改めるとともに、健康保険に加入させ、控訴人の妻を被扶養者と認定し、控訴人に年次有給休暇を付与するようになった。

控訴人の勤務形態は、勤務場所が京都市左京区の京都大学工学部等であり、自宅から直接通勤し、勤務時間が毎週月曜日から金曜日までが午前一〇時から午後七時まで、土曜日が午前一〇時から午後三時までであり、日曜日(及び祝日)が休日であった。その後、休日は被控訴人によって日曜日一日のみから、週休二日制に移行されたが、控訴人の休日については、京都大学工学部等の都合から変動はなかった。控訴人は、右のように概ね月間一八日を超えて勤務したが、高齢者であるため月間一八日勤務制であることに変わりがなく、月間一八日勤務すれば皆勤手当を支給されていた。

控訴人は、被控訴人から主任手当月額一万円、皆勤の場合には皆勤手当月額五〇〇〇円を支給されていたが、正社員の主任手当二万円、皆勤手当七〇〇〇円よりも低く、配偶者がいるのに正社員には支給される家族手当の支給を受けず、日給も八六〇〇円にとどまり昇給がなかった。

二  争点1(本件就業規則の退職金に関する定めの適用の有無)について

1  まず、本件就業規則が高齢者に適用されるかどうかについて検討する。

(一) 先にみたとおり、昭和五八年から平成七年までの間、平成六年一二月に制定された本件就業規則及びそれ以前の旧就業規則は、いずれも適用対象を正社員と高齢者に分けて規定しておらず、規定の内容も従業員全般に及ぶものとなっていたのであり、本件就業規則の中には高齢者及びパートタイムの従業員にも本件就業規則が適用されることを前提とした第六条五項、第二〇条一項の規定がある。したがって、本件就業規則は高齢者にも適用されると解するのが相当である。

被控訴人は、本件就業規則を高齢者やパートタイムの従業員を除く正社員に適用することを念頭に置いていたので、制定に当たり、正社員には説明会を開き、代表者の意見を聞き、できあがった規則を正社員に見せたが高齢者には示していないと主張する。しかし、就業規則には法的規範性が認められており、本来的に労働条件の画一的、統一的処理という点にその本質があり、それ故に合理性をもつものといえるから、その解釈適用に当たり就業規則の文言を超えて使用者である被控訴人の意思を過大に重視することは相当ではない。したがって、被控訴人主張のような事情があるとしても、先にみたとおり、平成八年一月に至るまでは高齢者やパートタイムの従業員に適用される就業規則が別に定められていたものでもなく、本件就業規則の規定の内容が従業員全般に及ぶものとなっていて、高齢者には適用しないという定めはないのであるから、本件就業規則は高齢者である控訴人にも適用されると解するのが相当である。

(二) もっとも、被控訴人においては、高齢者の賃金を年金受給の障害にならないように低額に抑え、それに関連して諸手当、勤務日数等についても正社員と異なる取扱をしており、このような取扱は年金を受給している高齢者の立場からも是認されるものであるから、不合理な差別ということにはならないのであって、賃金、諸手当の抑制、月間勤務日数の限定などの必要から、本件就業規則の各条項が高齢者に全面的に適用されるものとはいえず、事柄によっては適用されない事項があるというべきである。

2  そこで次に、本件就業規則中の退職金に関する定めが控訴人に適用されるかどうかについて検討する。

先にみたとおり、本件就業規則には高齢者に退職金を支給しないという明文の定めがなく、勤続三年未満の者には退職金を支給しないとの定め以外の適用排除規定が見当たらず、退職金は基本給と勤続年数を基礎にして算出される定めとなっており、控訴人についても右定めによって退職金を計算することが可能であることが認められる。そして、控訴人は、他の会社で働き六〇歳に達し、年金を受給できるようになってから被控訴人に採用された者であり、六〇歳時に被控訴人から退職金を支給された者ではない。このような事実関係のほかに、就業規則によって支給条件を定められた退職金には賃金という性質があることを否定できないこと、退職後の支給であるため年金を受給しつつ労働を続けるために賃金や諸手当を低額に抑えるという要請を受けないことを併せ考えると、高齢者である控訴人について、本件就業規則の退職金の定めを適用できないと解すべき根拠はないというべきである。

被控訴人は、控訴人が高齢者には退職金が支給されないことを知っていたと主張する。しかし、控訴人が平成七年三月一一日付で作成して被控訴人に提出した退職金がない旨の記載の雇用契約書(<証拠略>)は平成七年三月一一日から同年九月一〇日までの雇用に関するものであり、これに先立ち被控訴人に提出した雇用契約書に関する意見書(<証拠略>)は控訴人が平成七年三月の時点で労働条件をどのように定めるのが望ましいと考えていたかを示すものであり、いずれも控訴人の平成七年三月一〇日以前の労働について退職金請求権がないという趣旨のものと認めることはできない。

被控訴人は高齢者に対し退職金を支給したことがないと主張する。証拠(<証拠・人証略>)によれば、被控訴人が平成四年一〇月八日に別所一郎に書簡を発して同年一一月二〇日に勇退することを求め、平成五年二月末まで顧問として活動すれば慰労金一〇万円を支払うと申し出たことが認められるものの、被控訴人が同人に対し退職金を支給したと認めることは困難である。しかし、そうだとしても、右事例は本件就業規則制定以前のことであり、これをもって被控訴人が高齢者である控訴人に対し退職金を支給しなくてもよいということにはならないというべきである。又、控訴人の場合を除いて、被控訴人に採用され平成六年一二月一五日制定の本件就業規則が適用されれば退職金を支給される場合に該当する勤務実績を有する高齢者の退職自体の存在が不明確であることから、被控訴人が高齢者に退職金を支給したことがないといえるかどうかは必ずしも明らかではない。

そうすると、本件就業規則中の退職金に関する定めは高齢者である控訴人にも適用されると解するのが相当である。

三  争点2(控訴人の退職金の額)について

1  先にみたとおり、控訴人は、公害防止管理者の資格を有することから被控訴人に採用され、昭和五八年九月一〇日から平成七年九月一〇日まで主として京都大学工学部で被控訴人が受注していた実験排水系施設の保守管理業務を行っていたものであるが、年金を受給できるようにするため昭和五八年九月一〇日から控訴人が六五歳に達した昭和六三年二月一日までは請負契約に基づく請負人として、翌昭和六三年二月二日から平成七年九月一〇日までは従業員として勤務したというのである。そうすると、控訴人の従業員としての勤務は昭和六三年二月二日からということになる。

控訴人は、控訴人の担当した職務内容、部署(京都大学工学部等)は、被控訴人から控訴人に対し下請に出すことができるようなものではなく、請負人から従業員に形式が変更された昭和六三年二月の前後を通じて職務内容及び労働条件について変化がないから、控訴人は昭和五八年九月一〇日に被控訴人の従業員として採用されたと解すべきであると主張する。しかし、控訴人が京都大学工学部等で従事した仕事の内容が請負人のときと従業員となってからとで違いがないとしても、控訴人の年金受給の障害とならないように敢えて請負の形式をとったのであり、それ自体が不合理であるとか、控訴人に不当に不利益を強いたというものではないから、控訴人が被控訴人の従業員となったのは昭和六三年二月二日であると解するのが相当である。控訴人が職業安定所を通じて被控訴人の求人に応募し、履歴書を提出し、被控訴人の採用面接を受けたからといって、右結論を左右するものではない。

先にみたとおり、控訴人は、最終的に平成七年九月一〇日に退職したが、平成七年三月一一日から同年九月一〇日までの雇用に関し退職金を支給されない旨の雇用契約書(<証拠略>)を被控訴人に提出しているから、退職金を計算する上で雇用期間の終期は平成七年三月一〇日と解するのが相当である。

そうすると、退職金を計算する上で、控訴人の勤続年数は昭和六三年二月二日から平成七年三月一〇日までの七・〇八年となる。

2  先にみたとおり、控訴人は、京都大学工学部等の都合から週休二日ではなく土曜日も出勤したというのであるが、高齢者として月間一八日勤務制となっていて、標準勤務日数が月間一八日であるから、退職金を計算する上では、基本給は月間一八日を基礎とすることになる。

控訴人は、標準勤務日数を年間二五四日であるとして計算するが、右日数は正社員に関するものであるから採用することができない(<証拠略>)。

3  そうすると、控訴人の退職金は五四万七九九二円となる(8,600円×18日×7.08÷2=547,992円)。

4  先にみたとおり、控訴人は、最終的に平成七年九月一〇日に退職したから、本件就業規則第四七条により、退職金はその翌日から一か月以内に支給されるべきであり、被控訴人は平成七年一〇月一一日から支給を遅滞していると認めることができる。

四  結論

以下の理由により、控訴人の請求は退職金五四万七九九二円及びこれに対する平成七年一〇月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであり、その余は理由がないから棄却すべきであり、右と結論を一部異にする原判決を控訴人の当審における請求拡張部分を含めて変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福永政彦 裁判官 井土正明 裁判官 礒尾正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例